成蹊大学経済学部日本史入試問題解説

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成蹊大学経済学部2011年度入試問題研究 

成蹊大学経済学部日本史過去問研究

2010年度成蹊大学経済学部日本史入試問題は 1.日本と朝鮮半島の関係史  2.古代・近世の系図に関する問題  3.明治の経済誌  4.世界大戦期の外交史 の大問4題構成。

前近代の歴史に比重のかかった出題でした。解答形式はオールマークシート式でした。


今回は2.古代・近世の系図に関する問題 を解説します。




問題 2 B



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解説解答

問4 解説解答

解説
(エ) 白河天皇(上皇),  (オ)後白河天皇(上皇),  (カ)後鳥羽天皇

③ 保元の乱:藤原摂関家は忠実とその次子頼長と、長子忠通との対立が起こり、皇室側でも鳥羽法皇四子後鳥羽天皇と、長子崇徳上皇との対立が生じた。この貴族間の対立が、平氏内部の平忠正と清盛、源氏内部の源為義・為朝と源義朝との対立を含んで、1156年鳥羽上皇の死去を機として爆発した。結果は崇徳上皇側の敗北に終わった。
④ 平治の乱:保元の乱後、清盛は後白河法皇に信頼の厚い藤原通憲と結んで勢力を伸ばしたが、源義朝は通憲と対立していた藤原信頼と結びついていた。1159年、清盛の熊野参詣の留守に、義朝らは後白河法皇を幽閉し通憲を殺したが、帰還した清盛に敗れ、信頼は斬罪、義朝は東国に落ちる途中尾張で殺された。

答   ④ 

問5 解説解答

解説
保元・平治の両乱の結果、平氏一族は重要な官職に就き、多くの荘園と知行国を所有して、全盛期を迎えた。これに対抗して1177年後白河法皇の近臣たちによる平氏打倒の計画は、事前に漏れて失敗した(鹿ヶ谷の陰謀)。

しかし、この後平氏は法皇を幽閉し、反対勢力に対する強圧的な姿勢を強めたので、貴族・寺社のあいだにも反平氏の機運が急速に広まっていった。1180年に法皇の皇子
以仁王と源頼政が兵を挙げると、諸国の多くの武士達がこれに応じた。

平清盛は、政権の立て直しを図って、都を福
原に遷したが、貴族や南都北嶺などの大寺社の反対に遭い、半年で京都の還った。 

答    ③

問6 解説解答

(オ)法皇が自ら編んだものは以下のうちどれか。

    ① 大鏡    ② 今鏡   ③ 今昔物語   ④ 栄華物語   ⑤ 梁塵秘抄
解説
院政時代には、かな文字で書かれた『栄華物語』や『大鏡』などの歴史物語があらわれた。それは藤原氏の全盛期を追想するものであった。
また、庶民・武士に対する関心が中央で高まった。『今昔物語集』は仏教説話と世俗的な説話とを集めたものであるが、その中には庶民・武士や地方の生活も描かれている。
『梁塵秘抄』は後白河法皇がひろく民間の歌謡を集めたものである。

答   ⑤

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