2.下線部(2)1914年の年に起こった出来事はどれか。1つ選んで、マーク解答用紙の該当記号をマークせよ。 |
ア 米騒動 イ 二十一カ条の要求 ウ 大正政変エシーメンス事件 オ 辛亥革命 |
解説 |
ア 米騒動:第一次世界大戦中の好景気は、成金を発生させるとともに、一方では物価高騰を招いた。1918年7月23日、富山県魚津町で、婦人達が県外への米積み出しに反対し、それを口火に西水橋町など圏内の海岸一帯で米の安売り・生活扶助を要求する大衆行動が展開され、警察と衝突した。 |
イ 二十一カ条の要求:日英同盟を理由に第一次世界大戦に参戦した日本は、山東省一体を占領し、中国の撤退要求を拒否し、逆に兵力を増強した。これを背景に、さらに第一次世界大戦中でヨーロッパ列強がアジアに目を向ける余裕がないことをみて、1915年1月袁世凱大総統に対し5号21箇条から成る要求をつきつけた。 |
ウ 大正政変:1912年陸軍の二個師団増設問題で第2次西園寺公望内閣が倒れると,元老会議は桂太郎を推薦した。桂の再度の詔勅による組閣に対する藩閥の非立憲的行動に,ジャーナリスト,政党院外団,交詢社系の実業家,政治家は憲政擁護会を結成,〈閥族打破,憲政擁護〉をスローガンに運動を起こし、1913年の憲政擁護の民衆運動で第3次桂太郎内閣が倒された。 |
エ シーメンス事件:大正政変後第1次山本内閣が組閣されたが、1914年、海軍首脳部が、ドイツのシーメンス会社・イギリスのヴィッカース会社・三井物産から、、軍艦建造をはじめ軍需品購入に際して多額の金を収賄していた事件が暴露された(シーメンス事件)。これにより大正14年第一次山本内閣はついに総辞職した。 |
オ 辛亥革命:1905年、東京で孫文の三民主義を綱領に掲げて中国革命同盟会が結成され、中国各地の反清朝勢力に大きな影響を与えた。ついで1911年10月10日、武昌における武装蜂起が成功し、革命運動は各地に広がり、翌12年1月、孫文が南京で中華民国の成立を宣言した。 |
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答 エ |